睡眠ホルモンのセロトニンをつくる「トリプトファン」
「トリプトファン」とは、牛乳やナッツ類などに含まれる必須アミノ酸。精神を安定させ質の良い睡眠へといざなう「セロトニン」の原料となります。ここではトリプトファンについて特徴・効果・副作用などを紹介していきます。
正式名称は「L-トリプトファン」で、体内でエネルギー源として利用される必須アミノ酸の1つ。主に牛乳やナッツなどのタンパク質に含まれています。
トリプトファンは質の良い睡眠をとるために必要なホルモン「セロトニン」の原料として使われます。脳内のセロトニン濃度が減少すると不眠症やうつ病になるため、トリプトファンを摂って一定のセロトニン濃度を保つことが大切です。
ドーパミンやノルアドレナリンなどの気分高揚・やる気を生み出すホルモンをつくる働きがあります。研究から脳や行動障害の治療に役立つことが知られており、不眠症やうつ病の治療に効果が期待されています。
トリプトファンは1901年に乳たんぱく質から発見された成分で、1980年代のアメリカで、睡眠のための健康補助食品として爆発的な人気を誇りました。人間の体内で合成することができないという特徴を持つため、食品からの摂取が非常に重要な必須アミノ酸です。
「セロトニン」は、「メラトニン」という睡眠のために必要なホルモンを、増加させるのに必要なアミノ酸。スムーズな睡眠に誘ってくれるメラトニンを増やすためには、セロトニンが必要ですが、セロトニンを生成するためにはトリプトファンが必要です。
通常メラトニンは19時~20時頃から増え始め、朝になると減少していきます。睡眠障害を持っている方はメラトニンのリズムが崩れている場合もあり、メラトニンを正常に分泌させることで、よく眠れるようになることもあるでしょう。
トリプトファンはセロトニンを通じてメラトニンを生成させるため、睡眠障害の原因を根本的に解消してくれる成分だと言えます。[※1]
食品からの摂取が必要なトリプトファンですが、食品から摂取したとしても、脳内のセロトニンが増えない場合もあります。
上の条件によって、トリプトファンは正常に代謝することができなくなります。
トリプトファンは腸内細菌によって脳内に送られますが、チロシンという物質が増えると、脳内に送られるトリプトファンは少なくなります。チロシンの働きを抑制させるためには、炭水化物に含まれているインシュリンが必要です。
そしてセロトニンへの変化の過程には腸内細菌と酵素が必要ですが、その酵素を活性化させるのが日中の光です。 折角摂取したトリプトファンを無駄にしないためには、腸内細菌のバランスを整えること、日中に光を浴びること、炭水化物を摂取することが大切でしょう。[※2]
セロトニンの生成をサポートするトリプトファン。その具体的な効果や効能は、睡眠障害だけではなく、精神的な安定性にも影響します。
セロトニンから生成されるメラトニンは、ただ眠気を強くするだけの物質ではありません。人間の体内時計である「サーカディアンリズム」を整える働きがあり、体内に増えることによって、人間が本来眠るべき時間に眠気を引き起こせるようにします。
トリプトファンがセロトニンの増加を促進させるということは、前にお話ししました。これによって体内の睡眠リズムが整い、日中に起こる眠気の抑制、入眠困難の改善につながると考えられます。[※3]
体内のセロトニン量が減少すると、精神的な不安定さが発生すると言われています。セロトニンが欠乏しているラットによる研究の結果では、報告では人間に例えるならばパニック症状、自閉症症状などの症状が発生したとのこと。
ヒトにおいても、不安神経症や不登校、チック症、抑うつなどの症状の改善に効果的で、 軽症に対しては88.9%の改善が見られたそうです。不安や情緒不安定を解消することで、スムーズな入眠にも効果が期待できるでしょう。[※4]
鎮痛作用や精神安定効果があることから、トリプトファンを摂取することにより生理前のイライラや体の不調を改善できると考えられています。
免疫系に働きかけることにより、コレステロール値や血圧を調整する効果や更年期症状の緩和効果などが期待できます。
多くの効果があるトリプトファンですが、ただ摂取するだけでは最大の効果を得られません。効果をさらに引き出すためには「空腹時に摂る」「糖分と摂る」といった工夫が重要です。
トリプトファンは脳内へ運ばれる際、他のアミノ酸と同じルートをたどります。ただしトリプトファン以外のアミノ酸がある状態だと吸収が邪魔されてしまい、脳内に届く量が少なくなります。その結果、セロトニンの分泌量も減少してしまうことに。トリプトファンが脳内に到達しやすくするために、摂取するのはなるべく空腹時がいいでしょう。
また、糖分と一緒に摂ることで他のアミノ酸が筋肉中に取り込まれ、トリプトファンが脳内に運ばれやすくなります。そのため、糖分が入ったものと一緒に摂るのがベスト。摂取の仕方を工夫して、できるだけ効果を得られるようにしましょう。
昨今、神奈川県や千葉県から「5-ヒドロキシトリプトファン」に関する発表があり、5-ヒドロキシトリプトファンでは次のような副作用が報告されています。
5-ヒドロキシトリプトファンはトリプトファンの副産物であるため、トリプトファンから生成されます。トリプトファン自体の副作用でなくとも、副産物による副作用がある可能性も考えられるでしょう。[※5]
トリプトファンはアメリカでは大きな事件となったこともあり、その事件が発生した1989年以降、アメリカではトリプトファンサプリメントの販売は禁止となりました。
アメリカでのトリプトファンによる副作用では、「好酸球増多筋痛症候群」という症状が発生。体内の好酸球が増加することによって強い筋肉痛や呼吸障害、発熱などが起こり、重篤な例では心臓や肺の合併症もありました。
1992年の段階で、発症例は1,511例、死者数は38名に上ったそうです。 好酸球増多筋痛症候群が発生した原因は、未だに明らかとなっていません。しかし考えられる原因としては、次の3つが挙げられます。
動物に対する実験なども行われた結果、現在では「トリプトファンの過剰摂取」が最も有力ではないかと考えられています。 [※6]
トリプトファンの摂取目安は年齢によって変わり、それぞれで次のようになっています。
トリプトファンを多く含む食品は小麦胚芽、カシューナッツ、ごま、ひまわりの種、大豆、凍り豆腐、しらす干し、かつお節、脱脂粉乳、ナチュラルチーズなどで、大量に食べられないものが多くなっています。
過剰摂取は、重篤な副作用を引き起こす可能性もあるので、サプリメントの多用や長期的な服用はやめておきましょう。定期的に摂るのであればテアニンやグリシンといった副作用の少ない成分がおすすめです。[※7]
[※1]日本医科大学医学会『睡眠障害のトピックス:睡眠·覚醒リズム障害について』[PDF]
公益社団法人 日本化学会『トリプトファンとその代謝産物について』[PDF]
[※2]日本心身健康科学会『こころとからだの免疫学』[PDF]
森田 健『日常生活における受光履歴とトリプトファンの食事摂取が睡眠に及ぼす影響』[PDF]
[※3] 日本再生歯科医学会『象牙質の成長線の周期と体内時計の情報伝達分子のメラトニンの分泌リズムの関連』[PDF]
[※4] 冨地 信弘『19.心療内科におけるL一トリプトファンの使用成績[PDF]
公益社団法人 日本薬理学会『ヒトのキレる脳・うつ脳(セロトニン欠乏脳)症状にラットの動物モデルがどこまで近づけるか?』[PDF]
[※5] 神奈川県保健福祉局生活衛生部『いわゆる健康食品からの医薬品成分の検出について』
千葉県健康福祉部薬務課『医薬品成分を含有する健康食品の発見について』
[※6] 社団法人 日本食品衛生学会『L-トリプトファン摂取によるEMS(好酸球増多筋痛症候群)事例の概要と我が国における研究経過について』[PDF]
長村洋一『意外な結論であったトリプトファン事件の真相が示す健康食品の問題点』